朝日新聞 20110116朝刊 ザ・コラム 山中季広(ニューヨーク支局長) 「逆境のジャパン 立ち向かう姿に賞賛のまなざし」より
朝日新聞 20110116朝刊 ザ・コラム 山中季広(ニューヨーク支局長)
逆境のジャパン 立ち向かう姿に賞賛のまなざし
津波の直撃を受けた東北の街で住民が屋上や校庭に書いた大きな「SOS」や「HELP」が連日、世界各国のテレビに映し出されている。
どの国のメディアも、まずは日本で地震に遭遇した自国民を探し出し、その肉声を報じた。
インド紙ビジネスラインは、同国のタイヤ大手幹部が出張先の宇都宮市で、生まれて初めての地震にすくみ上がった話を取り上げた。「日本人はだれもパニックに陥らなかった。動揺する外国人を机の下にもぐらせ、避難場所へ手際よく誘導してくれた」と体験を紹介。「地震にここまで冷静に対処できる国は日本しかない」とたたえた。
中国の環球時報も「数百人が広場に避難したが、毛布やビスケットが与えられ、男性は女性を助けていた。3時間後に人がいなくなった時、ゴミ一つ落ちていなかった」という滞日中国人の声を拾い「日本人の冷静さに世界が感慨を覚えている」と報じた。
今月11日以来、世界の目が日本に注がれている。日本ほど周到に地震に備えてきた国はない、その日本が壊滅的な被害を受けたいま他国はどう備えたらよいのか――。他国の人々はこの未曾有の地震をわがことと受け止め、かつてない恐怖を感じている。
海外から見ると、ふだんの日本はよくも悪くも目立たない国の一つだ。めまぐるしく首相が交代しても「力量不足がまたひとり降板した」と突き放した調子で論評される。国内総生産(GDP)世界2位の座を中国に抜かれても「日本が今まで2位だったことをみんな忘れていた」と素っ気ない。
しかし、今回は違う。震災は日本に向ける世界の視線を一変させた。各国が日本の経験から一つでも多くの教訓を学びとろうと懸命になっているのだ。
各国取材陣が驚きの視線で報じているのが、甚大な被害を受けながら日本の人々が少しも節度を失わないことだ。先のインドや中国の報道でもわかる通り、災害見舞のリップサービスといった書きぶりではない。すすんで食べ物を分け合う被災者の姿に感じ入り、怒号もけんかも起きない避難所の静けさに心動かされているのだ。
そのひとり、ニューヨーク・タイムズ紙のニコラス・クリストフ元東京支局長は「罹災(りさい)しても日本社会は整然としていて秩序に乱れがない。日本人の忍耐力と回復力は尊い」と書いた。本人に思いを尋ねてみた。
「阪神大震災で会った被災者が実に立派だったからです。繁華街で店という店のガラスが割れ、商品が手の届く先に見えているのに、誰も盗もうとしない。救援物資を待つ列が長くても奪い合いすら起きない。感心しました」
神戸の取材中、年頭にあったのは各国で地震のたびに起きる商店襲撃のことだった。きっと神戸でも混乱で商店街は荒らされるだろうと予測したが、ついに略奪の実例を見かけることはなかったそうだ。
なるほど天災の直後には多くの国で略奪や強奪が起きている。昨年の中米ハイチ地震ではスーパーからどやどや勝手に商品を持ち出した。ハリケーン・カトリーナに襲われた米ルイジアナ州では6年前、群衆が店のドアを蹴破り、液晶テレビやDVD、バスケットボール練習台まで盗み出した。
こういう開き直ったような略奪は日本ではまず起きない。今回の地震でも実際には盗みの被害が出ているが、群衆によるものではない。海外の感覚からすると、暴徒を見ない日本の被災地の静穏さはそれだけで称賛に値する。
もうひとつ海外メディアが注目している現象がある。
日本では被災地であからさまな便乗値上げが横行しないことだ。水や米が地震前と同じ価格で売られ、しかも人々はがまん強く、店の前に何時間でも列をなして待っている。
「日本以外ではまず考えられないことです」と話すのは、マイケル・サンデル米ハーバード大学教授。日本でも有名になった哲学講義「白熱教室」で、フロリダ州の被災地で実際に起きたあくどい便乗値上げをクラス討議の題材に取り上げてきた。
ハリケーン被災者の窮状に業者がつけこみ、ホテルの宿泊料はたちまち4倍になり、発電機の価格は8倍に跳ね上がり、倒木処理費が200万円に高騰した。ほんの7年前のことだ。
「日本では、いくら街が廃墟になっても、人々は自制心をゆるめず、わが街のために結束している。被災後の市民のふるまいには胸を打たれました」。教授は日本に友人知人が多く、先週来、テレビやネットにかぶりついて日本の動きを追っていると話した。
百年に一度とも千年に一度とも論じられる地震の破壊力を目の当たりにして、各国が、これまで世界一と信じた日本の震災対策の限界を悟った。日本ですら津波を予知予防できない現実におびえ、安全を誇った原子力発電所からあがる白煙に身震いした。
それでもなお海外の人々は,日本の被災者たちの沈着で節度ある態度に賛嘆を惜しまない。苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合う。日本の市民社会に対する世界の信頼は少しも揺らいでいない。 END
